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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)179号 判決

東京都東村山市多摩湖町三丁目三五八番地

原告

清水村雄

右訴訟代理人弁護士

原則雄

東京都立川市高松町二丁目二六番一二号

被告

立川税務署長

木場初

右指定代理人

岩淵正紀

中川精二

磯喜義

岡崎栄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

「被告が昭和四一年一二月二〇日付で原告の昭和三八年分の所得税についてした更正および重加算税の賦課決定を取り消す。」

との判決

(被告)

主文一項と同旨の判決

第二当事者の主張

(原告の請求の原因)

一  原告は、昭和三八年当時東村山町役場に勤務する給与所得者であつたが、同年一月二〇日同町大字久米川字上堀向三〇番一九四ほか一七筆の宅地合計三七八七、六九平方メートル(一一四五、七八坪、以下「本件土地」という。)を、北野早苗に代金一一四五万七、八〇〇円で売却し、昭和三九年三月一六日、被告に対し、つぎの内容の昭和三八年分所得税の確定申告書を提出した。

給与所得の金額 六九万九、五〇八円

譲渡所得の金額 五五五万七、六五七円

総所得金額 六二五万七、一六五円

所得税額 二〇五万五、四六〇円

二、ところが、被告は、右確定申告のうち、譲渡所得について原告の申告を否認して、同年分の所得税につき、昭和四一年一二月二〇日付でつぎのとおり重加算税の賦課決定(以下この両処分を「本件処分」ともいう。)をした。

給与所得の金額 六九万九、五〇八円

譲渡所得の金額 一四八四万〇、四五七円

総所得金額 一五五三万九、九六五円

所得税額 六九四万八、九七〇円

重加算税額 一四六万七、九〇〇円

三、しかし、原告の昭和三八年分の総所得金額は、前記確定申告額のとおりであつて、本件処分は違法であるから、その取消しを求める。

(被告の答弁および主張)

一  請求原因一の事実のうち、本件土地の譲渡の相手方および代金額の点を否認し、その余は認める。同二の事実ならびに同三のうち、原告の給与所得の金額が確定申告額のとおりであることは認める。

二  本件処分のうち、原告の争う譲渡所得の金額の算出の根拠および重加算税賦課決定の理由は、つぎのとおりである。

1 原告は、本件土地を北野に売却したとして前記のような確定申告をしたが、被告が調査したところ、真実は、昭和三八年一月二〇日頃、住友信託銀行株式会社(以下「住友信託」という。)に代金三四三七万三、四〇〇円で売却したものであつて、右北野は右売買の仲介人にすぎないこと、しかるに原告は、本件土地を北野に売却しその後北野が住友信託に売却したものであるかのように、その取引行為全部を仮装し、これに基づいて前記確定申告書を提出したことが判明した。

なお、本件土地の譲渡に関する登記簿の記載は、別表一のとおりである。

2 そこで、被告は、右の調査結果に基づいて、後記3のように原告の譲渡所得の金額を修正計算して更正するとともに、国税通則法六八条一項により、この更正によつて原告のさらに納付すべき税額である四八九万三、〇〇〇円(昭和四五年法律第八号による改正前の同法九〇条三項により一、〇〇〇円未満の端数切り捨て)に一〇〇分の三〇の割合を乗じて計算した金額一四六万七、九〇〇円を重加算税として賦課決定した。

3 譲渡所得の金額の算出方法

(一) 収入金額 三四三七万三、四〇〇円

前記のとおり、本件土地の譲渡価額は三四三七万三、四〇〇円であり、これが譲渡所得にかかる収入金額である。

(二) 本件土地の取得価額、譲渡必要経費 四五四万二、四八六円

(1) 取得価額については、原告の前記確定申告書に記載の金額一九万二、四八六円を是認した。

(2) 必要経費については、原告が昭和三八年二月八日北野に支払つた四三五万円を仲介料と認めた。

(三) 譲渡所得の金額 一四八四万〇、四五七円

右(一)の収入金額から、右(二)の経費等の合計額を控除した金額二九八三万〇、九一四円について、当時の所得税法(昭和三九年法律第三号による改正前のもの、以下「旧所得税法」という。)九条一項により、当該金額から一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する金額が本件譲渡所得の金額である。

三  かりに、原告主張のとおり、本件土地が原告から北野に売却されたものであるとしても、本件処分はつぎの理由によつて適法である。すなわち、

1 原告の主張どおりとすれば、本件土地は、原告が北野に一一四五万七、八〇〇円で売却した日に、北野から住友信託に三四三七万三、四〇〇円で売却されているものであり、原告の本件土地の譲渡の時の正当な価格は、三四三七万三、四〇〇円とみるべきであるから、原告の北野に対する譲渡の価額は、その二分の一に満たないものであつて、このような資産の譲渡は、旧所得税法五条の二、二項(同法施行規則二条)にいう「著しく低い価額の対価で」の譲渡に該当するというべきである。

2 しかし、原告は、同法五条の二、三項所定の手続をしていないのであるから、原告の本件土地の譲渡については、同法五条の二、二項の規定によつて課税されることとなり、後記3のとおり譲渡所得の金額は、一六四六万九、八五六円と計算される。

右金額は、本件更正の譲渡所得の金額を上廻ることが明らかであるから、本件更正は、結局適法である。

3(一) 収入金額(譲渡の時の正当な価格)三四三七万三、四〇〇円

(二) 取得価額・必要経費 一二八万三、六八八円

(1) 本件土地の取得価額 一九万二、四八六円(前記二3(二)(1))

(2) 必要経費については、君島甚左衛門なる仲介人に対する手数料を、宅地建物取引業法一七条一項の規定に基づいて定められた報酬の額により、一〇九万一、二〇二円と算出した。

(三) 譲渡所得の金額 一六四六万九、八五六円

右(一)の収入金額から右(二)の経費等の合計額を控除した金額三三〇八万九、七一二円について、旧所得税法九条一項により、当該金額から一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する金額が譲渡所得の金額である。

(被告の主張に対する原告の答弁および反論)

一  被告主張の事実のうち、本件土地に関する登記簿の記載内容、住友信託の買入価額および本件土地の取得価額の点、原告が旧所得税法五条の二、三項所定の手続をしていないことは、いずれも認める。原告が本件土地の譲渡行為を仮装したとの点は否認する。

二  原告は、本件土地を、昭和三八年一月二〇日、北野に代金一一四五万七、八〇〇円で売り渡し、同人が右同日付で住友信託に代金三四三七万三、四〇〇円で売り渡したのである。

その経緯は、つぎのとおりである。

1 本件土は地、もと西武鉄道株式会社(以下「西武鉄道」という。)の所有であつたところ、昭和三六年一月同会社との間に原告の他の土地との交換契約が成立し、原告の所有となつたものであるが、同会社側の事情によつて、昭和三八年一月二九日にいたるまで所有権移転登記手続がされなかつた。

2 ところで、原告は、昭和三七年春頃から本件土地の売却を企図し、同年夏頃不動産仲介業者である君島甚左衛門らを介して、かねて旧知の北野に交渉の結果、代金坪当たり一万円の割合で同人に売り渡すことの話ができた。

3 その後、前記のように昭和三八年一月末頃までには登記手続完了の見通しがつくようになつたので、原告は、同年一月二〇日、北野との間に前記の売値により本件土地の売買契約を結び、手附金六〇〇万円を受領した。

4 そして、原告は、本件土地につき、原告に対する所有権移転登記手続が完了するのをまつて、同年二月八日北野に対し所有権移転請求権保全の仮登記手続をして、その頃残代金五四五万七、八〇〇円を受領した。

5 以上のとおりであつて、北野が住友信託にいくらで売却しようとそれは原告の関知するところではなかつた。

第三証拠関係

(原告)

甲第一ないし第一七号証(第一二号証は一ないし三)を提出し、証人小岩井永雄(一、二回)、同北野早苗、同小池忠雄、同田知本章の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証、第三ないし第一七号証、第二一号証、第四四号証の一、二の各成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と述べた。

(被告)

乙第一ないし第二一号証、第二二ないし第二六号証の各一、二、第二七ないし第四〇号証、第四一号証の一、二、第四二号証の一ないし四、第四三号証の一ないし三、第四四号証の一、二、第四五、第四六号証、第四七号証の一、二を提出し、証人清家靖郎、同矢野喬、同中村正三の各証言を援用し、甲第一ないし第六号証、第一三号証のうち、青梅信用金庫東村山支店名義の印影部分、甲第一七号証の各成立を認め、第一三号証のその余の部分ならびにその余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一  請求原因一のうち、原告からの本件土地譲渡の相手方および代金額の点を除くその余の事実(原告の確定申告の経緯)ならびに同二の事実(本件処分の経緯)は、いずれも当事者間に争いがないので、つぎに、本件処分の適否について判断する。

二1  原告の昭和三八年分の給与所得の金額が確定申告額のとおり六九万九、五〇八円であること、原告が同年中に本件土地を譲渡し、それによる譲渡所得のあることは、当事者間に争いがない。

2  本件の主要な争点は、原告が本件土地を、被告主張のように住友信託に対し三四三七万三四〇〇円で売却したものであるか、原告主張のように北野に対し一一四五万七八〇〇円で売却したものであるかの点にある。

すなわち、被告の主張によれば、原告は、租税負担の軽減を企図し、関係者と通謀して、取引形式を原告から北野に売却し同人が住友信託に売却したものであるかのように装つたものであり、実体は、原告と住友信託間に一個の売買契約があるのにすぎないということになり、原告の主張によれば、本件においては、原告と北野、北野と住友信託の二個の売買契約が存在し、その間に何らの仮装もないということになる。

三  成立に争いのない甲第二、第三、第六号証、乙第一号証、証人小岩井永雄(第一、二回)、同北野早苗の各証言により成立を認める乙第二号証、証人小岩井永雄の証言(第一、二回)により成立を認める甲第七、乙第四二号証の二ないし四、同第四三号証の一ないし三、証人清家靖郎の証言により成立を認める乙第一九号証、その方式および趣旨により真正な公文書と推定する乙第十八号証、同第四二号証の一、証人小岩井永雄(第一、二回)、同田知本章、同北野早苗(一部)、同清家靖郎、同矢野喬の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、つぎのような事実を認めることができる。

1  北野は、昭和三二年頃から住友信託東京不動産部(以下「東京不動産部」という。)に出入し、不動産取引の斡旋、仲介をしていたブローカーで、昭和三七年秋頃、同人から東京不動産部に、本件土地が売りに出ているので買わないかという話が持ち込まれた。

2  そのさいの同人の説明によると、本件土地は、登記簿上西武鉄道の所有名義になつているが、現在は原告の所有であり、その旨の所有権移転登記手続はいつでもできる段階にあるというのであり、東京不動産部において右の点を西武鉄道に問い合わせたところ、北野の説明どおりであることが確認できた。

3  そして、当時住友信託では、比較的需要の多い小口分譲のできる郊外住宅地を捜していた矢先であり、本件土地は、その位置、付近の設備状況等恰好な物件と思われたので、東京不動産部において本件土地取得についての交渉を進め、同年一二月一〇日本店社長あて、本件土地を投資向土地として取得したい旨、つぎのような項目を明らかにした禀議書を作成し、送付した。

(1)  物件の明細、本件土地の所在地、筆数、面積、地目

(2)  買入先、原告の住所、氏名

(3)  買入価格、三四三七万三、四〇〇円、坪当たり三万円

(4)  業者仲介手数料一〇〇万円(買入価額に対し約三パーセント)

(5)  処分見込時期 昭和三八年一二月末日まで

(6)  処分見込価格 平均坪当たり三万六、〇〇〇円以上

4  ところが、昭和三七年一二月二一日付で本店社長の認可の決裁がおり、契約締結の直前になつて、北野は、東京不動産部に対し、売主を自分にしてほしい旨申し出た。

5  右の申出に対し、東京不動産部の担当職員小岩井は、念のため原告をその勤務先に訪ねたところ、原告は、「一切を北野に委せてある。」旨述べ、また、北野の提案は、取引の相手が誰になるかの点について変更があるのみで、代金額等の契約条件は実質的に従前と変わらなかつたので東京不動産部としては、適正な価格で確実に本件土地の所有権を取得できるならば、それ以上原告らの内部関係は問わないとの態度をとり、その申出を受け入れることとし、取引の相手方の変更について本店の許可を得ることなく、つぎの点につき東京不動産部内の決裁を経て、本件土地の売買契約を締結した(この点については、本店の意向に添わないものである。)

(1)  売主 北野

(2)  契約日 昭和三八年一月二一日(以下同年中の日時については、単に月日のみ記載す。)

(3)  決済日 一月三一日

(4)  売買代金 三四三七万三、四〇〇円

(5)  手附金 六〇〇万円

四  前記乙第一八、第一九号証、成立に争いのない乙第二一号証、証人北野早苗の証言により成立を認める甲第八、第一〇号証、証人小池忠雄の証言により成立を認める乙第二七ないし第三八号証、同第四〇号証、同第四一号証の一、二、証人中村正三の証言により成立を認める乙第四五、第四六号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第九号証、乙第二〇号証、同第二二ないし第二六号証の各一、二、同第三九号証、証人小岩井永雄(第一、二回)、同矢野喬、同小池忠雄、同田知本章、同北野早苗(一部)の各証言、原告本人尋問の結果(一部)に弁論の全趣旨を総合すると、つぎのような事実が認められる。

1  一月二一日住友信託から手附金六〇〇万円が現金で支払われ、北野から同日附の領収証(甲第八号証)が差し出されたが、右六〇〇万円は、同日住友信託東京支店の係員が北野に同行して原告のもとに持参し、直接原告に手渡した。

そして、住友信託は、右手附金の支払いと引換えに、原告と北野からその委任状、印鑑証明等登記手続に要する書類の一括交付を受けた。

ちなみに、手附金として六〇〇万円を領収した旨の一月二〇日付原告の北野あて領収証(甲第九号証。同号証の右肩には写のしるしがあるが、原告は同号証のほかに正規の領収証があることを主張してはいない。)および原告、北野間の同日付売買契約証書(甲第三号証)は、いずれも東京不動産部の保管にかかる本件土地取引の関係書類中に綴り込まれていたものであり、原告の北野あての残代金の受領を証する書面は、本件の書証として提出がない。

2  二月八日、原告から北野に対する売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記の申請がされた(この事実は当事者間に争いがない。別表(一)(二)参照)。

右登記申請の手続は、住友信託において行なつたものであり、同日、住友信託東京支店の応接室において、北野と原告の同席している場で残代金二八三七万三、四〇〇円が現金で支払われた。

そして、北野の同日付領収証が住友信託あてに差し出されたが、右残代金二八三七万三、四〇〇円のうち、二八三五万円については、即日内訳別表二記載のように住友信託の各支店に預け入れられた。なお、同表5ないし16の神田支店に対する無記名の貸付信託合計一〇二〇万円の預入れは、同神田支店の職員小池忠雄が、もと東京不動産部に勤務当時から北野と知合いであつたことが機縁となつたものであるが、その預入れのさいにも、原告は北野と一緒に同支店に赴き、同席していた。

また同表18の山田茂太郎名義の金銭信託は、右5ないし16の無記名貸付信託の前払収益が振り込まれているとみられることから、その委託者と右無記貸付信託の委託者とは同一であることが推認される。

3  二月一八日、住友信託では北野の求めに応じて本件土地の売買仲介手数料として一〇〇万円を北野に交付し、同人から同日付鈴川誠二名義の領収書を受けとつたが、右一〇〇万円のうち、五〇万円は北野の要求により、住友信託東京支店の同人の普通預金口座に入金された。

そして、右鈴川に対する仲介手数料の支払いを決定した小岩井は、鈴川誠二なる人物とは一面識もないのに、そのような人物が実際に本件土地の取引の仲介をしたかどうかを全く確認しておらず、また、現に鈴川なる人物が本件取引の仲介をした形跡もない。

4  その後の登記手続関係は、別表一の(三)ないし(五)記載のとおりである。(この事実は当事者間に争いがない。)が、その登記形式の選択を含め、申請手続一切は、住友信託において行なつた。

五  以上の事実によると、本件取引関係者によつて作り出された法形式のみをみれば、原告から住友信託にいたる本件土地所有権の移転は、原告と北野、北野と住友信託間の二個の売買によつて組成されているかの如くであるが、その二個の売買は、形式上も、契約証書の日付の点で近似し、手附金の金額および授受の日時、残代金支払いの日時、登記手続の点で全く重なり合つていることが明らかであり、その実体が一個の売買にほかならないことを示している。のみならず、本件については、つぎの諸点を看過することができない。

すなわち

1  前記3において認定の各事業および証人小岩井永雄の証言(第二回)を総合すると、一月当時の本件土地の価格は、坪当たり三万円が適正であつたと認められ、この認定に反する証拠はない。

ところが、原告主張の北野に対する譲渡価額は一一四五万七、八〇〇円(坪当たり一万円)というのであつて、時価に比べきわめて低い。

証人北野早苗の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三七年頃本件土地に関する西武鉄道との交換問題ではじめて北野を知り、同人にその処理を依頼したものであること、同人がその処理になにがしかの尽力をしたことをうかがうことができるが、それ以上に二人の仲が親密なものであることを認めるべき証拠はなく、所詮経済的な利害による結びつきにすぎない当事者間において、時価の三分の一の価額で売買を行なうなどということは、常識的にみてきわめて不自然であるというほかない(原告が本件土地の時価について無知であつたとはとうてい考えられない。)

また、原告は、北野との間に昭和三七年夏頃すでに売買の話がおおむねできていた旨主張し、証人北野早苗の証言や原告本件尋問の結果中には、これに符合する部分もあるが、前記三に認定した経緯に照らしてにわかに措信できないし、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。のみならず、本件土地の時価が、昭和三七年夏頃からわずか半年の間に三倍に急騰したことを認めうべき証拠もない。

2  原告、北野間の一月二〇日付売買契約証書(甲第三号証、乙第一号証)の用紙は、一枚目から順に四月一日、六月一日、二月二日、四月一日にそれぞれ印刷されたものであることが明らかである(証人矢野喬の証言)。

この点について、証人北野早苗および原告本人は、一月二〇日契約のさい、市販されていた用紙で契約書を作成したが、のちに、住友信託から右甲第三号証の用紙を渡され、書き直してほしいとの要求があつたので、六、七月頃甲第三号証を作成し、従前の契約書を破棄したように供述するが、原告の弁論の経過および証人小岩井永雄の証言(第一、二回)に対比して措信できない(しかし、原告と北野が何故六月以降の時点で甲第三号証を作成し、それが東京不動産部に保管されることになつたか、その経緯は詳らかでない)。

3  前記四1のように、原告が手附金六〇〇万円を受領したのは一月二一日であるのに、領収書を一月二〇日付としている。

そして、甲第三号証の日付およびその記載内容(第一条)と対比すると、右領収書の日付は単なる誤記とみることはできず、原告ら取引関係者の作為をうかがわせるものである。

本件全証拠によるも、右の日付が誤記にすぎないものと認めるにはいたらない。

4  前記四2のように、二月八日現金で支払われた残代金のうち、一三七五万円は、住友信託池袋支店に原告名義で貸付信託として預け入れられた(別表二の1ないし4)。

そして、前記乙第二二ないし第二六号証の各一、二および原告本人尋問の結果によれば、右貸付信託は、五月九日これを担保として同支店から右同額を借り入れる方法により現金化されたこと、その際、預け入れた時の届出印鑑を改印して原告の実印が使用されたことが認められる。

原告本人尋問の結果中には、乙第二二号証の一に押捺された原告名義の印鑑(すなわち預入れ時の印鑑)は原告のものではなく、実印を北野に一時預けたことがあるので、右貸付信託は、同人が原告名義を借用して預け入れたものであろうとの供述があり、証人北野早苗の証言中にも、右貸付信託は、同人が預け入れ、後日これを現金化したものである旨の供述がある。しかし、この点に関する右両者の供述部分を仔細に検討すると、いずれも内容が具体性にとぼしく、尋問が細部になるとあいまいであり、また重要な点で明らかに符合せず、結局そのいずれをも信用することができない。

そもそも、右貸付信託が北野のものであるとするならば、何故右のような大金を信託するのに実在の原告の名義を利用するのであるか、また、前記のようにこれを現金化するさい、何故わざわざ原告の実印を借用して改印したのであるか、これを北野のみの行為とするには大きな疑問が残る。

したがつて、被告において、原告名義の貸付信託につき、前示のような立証を行なつた以上、原告は、それが何ら自分にかかわりのないものであることについて具体的な反証を挙げる必要があり、そのような反証が十分とは認められない本件においては右貸付信託の一三七五万円は、原告の権利に属するものと認めるのが相当である。

5  そうすると、前示手附金六〇〇万円と右原告名義の貸付信託一三七五万円との合計額一九七五万円は、本件土地の売却代金として原告の所得に属することが明らかであつて、すでにこれだけでも、原告主張の代金額一一四五万七、八〇〇円をはるかに超過している。

6  別表二5ないし16の神田支店における無記名の貸付信託一〇二〇円が北野の権利に属するものであることの具体的な立証はない。

この点に関する証人北野早苗の証言は、あやふやで具体性にとぼしく、措信するに足らず、かえつて、前認定の神田支店職員小池忠雄と北野とが知已であつたことが右預入れの機縁であつたのに、預入れのさい北野のほか原告も同道している事実は、むしろ右貸付信託が原告の権利に属することを推測せしめるものといえよう。

7  前記乙第一九号証、証人矢野靖、同田知本章の各証言を総合すると、本件土地取引に関し住友信託について被告の調査が行なわれた昭和四一年一一月頃、東京不動産部の職員の間には、「原告の税金対策の思惑から出た申入れにより、やむをえず取引形式上売主を北野とすることで契約を結んだ。」という認識があつたことを認めうる(なお、契約締結の直前に売主を北野としたことの理由に関する証人小岩井永雄の証言中には、右認定に添わない部分があるが、同証言部分は、それ自体明確を欠くのみならず、証人田知本章および同矢野喬の証言のほか以上認定の諸事実に照らし信用することができない。)

六  以上の諸点を総合勘案すれば、本件は、住友信託において原告の租税負担軽減の意図に妥協しつつ、本件土地の取得に万全を期し、外形上北野を売主として売買契約を締結したように取引関係書類を調整したものにすぎず、本件土地は、実体上原告から直接住友信託に譲渡されたものと認めるのが至当である。

七  そうすると、原告が本件土地を代金三四三七万三、四〇〇円で住友信託に譲渡したものと認めた被告の認定は、相当であるというべきであり、この点に関する前記原告の主張は認めることができない。

そして、本件土地の取得価額が一九万二、四八六円であることは当事者間に争いがなく、前示三、四に認定の事実によれば、別表二17の住友信託東京支店の北野名義の普通預金口座に二月八日払い込まれた四三五万円を、原告が本件土地の譲渡に関して北野に対して支払つた仲介手数料とした被告の認定に誤りはないと認められる。

また、前示一の当事者間に争いのない事実ならびにすでに認定の事実関係に徴すれば、原告は、本件土地の譲渡による所得金額の計算の基礎となるべき事実を仮装し、それに基づき確定申告書を提出したものというべく、本件が重加算税を賦課すべき事実であることは明白である。

八  以上のとおりであるから、本件処分は適法であつて、原告の請求は理由がないものといわなければならない。

よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 青山正明 裁判官 石川善則)

別表一

(一) 甲区順位二番所有権移転

昭和三八年一月二九日受付第一八八五号

原因 昭和三七年八月三〇日交換

取得者 原告

(二) 甲区順位三番所有権移転請求権保全仮登記

昭和三八年二月八日受付第三一〇三号

原因 昭和三八年二月八日売買予約

権利者 北野早苗

(三) 甲区順位三番付記一号三番所有権移転仮登記移転

昭和三八年二月一二日受付第三二九三号

原因 昭和三八年二月一一日権利譲渡

取得者 住友信託銀行株式会社

(四) 甲区順位四番所有権移転

昭和三八年二月一二日受付第三二九四号

原因 昭和三八年二月一一日売買

取得者 住友信託銀行株式会社

(五) 甲区順位五番 三番所有権仮登記抹消

昭和三八年二月一八日受付第三九三一号または同年三月一五日受付第六五四一号

原因 昭和三八年二月一二日権利混同

別表二

〈省略〉

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